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丁稚羊羹 [オミヤ]

先日、久しぶりに合う方のために、和た与の「でっち羊羹」を手に入れた。
きっと会う方の奥様が好きなような予感がしたからなんです。
この「でっち羊羹」は、近江八幡から取り寄せました。
買いに行くわけにもいかないしね。
滋賀県の近江八幡といえば「近江商人発祥の地」です。
だから「丁稚羊羹」も本場となります。
私の父親もここのでっち羊羹が好みなんです。
好みはあるだろうけど、私もここのはいいと思う。
高級錬羊羹は、小豆・砂糖・寒天で作る、糖分が多く長期保存がきく。それにたいし蒸し羊羹という形式のものは、寒天で固めるのではなく、小麦粉や葛粉を使って蒸してかためる。これは練羊羹に比べ、駄菓子に近いもの。蒸し羊羹は価格が安いので、丁稚が里帰りする際、丁稚のお小遣い(里帰りの時は少し貰えたらしい)でも買えることから「丁稚羊羹」という名前がついた。
確かにいまでも錬羊羹は高いですね。

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↑和た与「でっち羊羹」3本×3

丁稚(でっち)って、だんだん死語になってきましたね。
戦後(応仁の乱でなく、太平洋戦争)GHQの影響や義務教育が9年になって存続できなくなった。10歳ぐらいの男の子を住み込み、しかも無給で雑用をさせ、労働時間も長い、休暇は、盆と正月だけ。いまでは考えられないことだと思います。
いまでも丁稚奉方式をとっている家具屋さんはあります。そこの大将の話を聞いたことがありますが、あれはあれでいいかもと思いましたけど。
普通は、できないですね。
京男は、絶対丁稚はできない。

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家業でお店をしている人以外の人が、商売をする場合、丁稚から出発します。
お店で地位が上がっていくのは、以下のような順番です。
私が思うに、いまよりも能力主義だったと思いますね。しかもお店がしっかり読み書きソロバンを教育すう。対人関係の営業力、交渉力もたたき込む。
戦後、こういう人材登用システムをとらなくなって、企業の人材が希薄になってきたかも。しかも「果てなき改善運動」もしなくなった。大企業も動脈硬化状態になったように思う。企業コンプライアンスなんてことをいいださないといけなくなるなんて誠になさけない。昔は、「お天道様が見ている」ですんでいたのにね。

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↑竹の皮が懐かしい

奉公人のランク
◆丁稚(でっち)、10歳前後で奉公。住み込み。無給。
◆手代(てだい)、丁稚から大体10年ぐらいでなる。大体20歳前後、住み込み。給金有り。
◆番頭(ばんとう)、30歳前後、番頭になると家がもてたり、妻帯もできる。
 ・小番頭(こばんとう) 
 ・中番頭(ちゅうばんとう)
 ・大番頭(おおばんとう)
※番頭の種類は、お店によってただの番頭だけの場合がある。
※仕事のできる手代になると、大きな商店に行ったりすることもあったそうです。いまより能力主義だったかもしれませんね。

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↑竹の皮といっしょに切って食べます。結構竹の皮は切り切りにくい。

奉公人用の名前があった。
◆丁稚→「○松」というのが普通。例「こん松」→大村こん。『おそ松くん』というのもあったな。丁稚ものじゃなかったけど、赤塚不二夫の漫画『おそ松君』に登場する六つ子の名前「おそ松」「カラ松」「チョロ松」「一松」「十四松」「トド松」に丁稚名から来ているのかな。
◆手代→「○吉」「○七」、こうなると下位の番頭と同じとなる。
◆番頭→「○助」になる。

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『番頭さんと丁稚どん』というテレビ番組がありました。大阪船場の薬問屋の丁稚奉公の話。登場する人がすごいメンバーだった。スポンサーが便秘薬「七ふく」公開録画形式の放送だった。当時最高視聴率が89%ですよ!

本来の「丁稚羊羹」のことをあまり書いてない・・・。
文字数が多くなりなったし、この辺でやめときます。
すんませんなぁ・・・。

Twitter→@kyo_otoko
タグ:洛外 甘味
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