名物ハイシ [洛外・食]
昨日は、朝から大阪へ行く。
京都市内は、夜中雪が降ったかどうか不明。
出る時、道路が濡れていたから、なんらかの液体が降ったのでしょう。
でも雪らしいものは、なかった。
↑自由軒
寒い?そんなことはない。
一昨日、ダウンを着て汗をかいたので、昨日は作務衣と半纏だった。
それでも寒さは感じない。
いま、直観や体調が絶好調になって来ているからかも。
四条大橋を渡る時には、綺麗な青空になってきた。
日の光があるから小春日和。
関東とは大きな違い。
もっとも本日は、京都市内も3度ぐらいになるらしい。
明日は、厚めのダウンが着れるかも。
大阪で用事をすませ、すごく遅めのランチとなる。
梅田で父親用の赤福を買い、難波方面に行く。
目的は、自由軒。
久しく行ってないから行ってみたかった。
↑串カツ
ただ、ここ数日カレーが続いているので、名物ハイシライスにする。
自由軒の名物カラーやハイシは、最初からルーとライスが混ぜてあるのが特徴。
白いライスが残らないようにということ。
標準で全卵の生卵がのっている。
これって今となっては好き嫌いが分かれるだろう。
特に外国人観光客には嫌がられるかも。
↑ウスターソースをかけ、食べる。
食べ方は、全卵の白身部分にウスターソースをかけ、すこしずつ全体に混ぜて食べる。自由軒なら食べる前、スプーンを水で洗っても違和感がない。
なぜなんだろう?
↑名物ハイシライス
昨日は、大を注文しないのがちょっと悲しい。
昔は、絶対に大だったのに。
串カツ・・・昔は、5本だったかも。
↑私は白身のところにウスターソースを投入
そうそう昔は、チャンポン麺とか中華のメニューもありました。
「チャンポン麺2500カロリー」と書いてあった。
それを見て、「チャンポン麺を食べたら今日の食事は終わりでいいんだ」と思ったものです。でも昔から麺類はあまり食べなかった。
昔なら「名物カレー大、串カツ5本、タンシチュー」というのが私の標準の食事だった。もちろん、当時は一日一食しか食べなかった。邪魔くさいじゃないですか3食も食べるのは。
↑フォンテーヌ(foncer)フランス語 洋菓子用語・・・泉状の部分を少しづつ崩し、全体に味を馴染ませ食べる。この際、汚くならないように。
ケンタッキーなら「フライドチキン10ピース、ポテト1箱(昔は箱があった)、コールスリーサラダ(大1)、オレンジジュース1リットル」だった。
蓬莢の豚まんも8個入りと焼売5個を一気に食べていた。
まあ、運動量も多かった時代だったしね。
1日3時間も運動をしていた。
あの時代は、体力養成の期間だったのかな?
いまでは、考えられない食生活。
↑蓬莢本店
色々なことを考えながら、名物ハイシを食べていた。
出る時、昔のおねえさんに「お久しブリです」と言われた。
この間、大学時代の友と話していた自由軒。
昨年、旅行で来たらしいけど、自由軒は行けなかったので悔しがっていた。
だからおねえさんの写真を撮らせてもらいラインで送ってやった。
懐かしがっていた。
次回、関西に来たら連れて来てやろうっと。
↑本店にしかない「あんまん」「叉焼まん」これを父親のお土産にした。もちろん父親は狂気したのはいうまでもない。私が小学校の時、父親が大阪に出張に行った時、蓬莢の豚まんを買ってきてくれた。あれが楽しみだった思い出がある。その時のお返しなのかなぁ・・・。面白い。
その後、蓬莢本店に行く。
父親用に本店でないとない「あんまん」と「叉焼(チャーシュー)まん」を買った。
亡くなった母親も好きだった「叉焼まん」、仏壇に供えたら狂気するかも。(笑)
買ってから、京都へ急ぎ帰った。
京都に着いてからタクシーで実家へ。
きっと父親は、嬉しかったと思います。
↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事と新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)
Twitter→@kyo_otoko
京都市内は、夜中雪が降ったかどうか不明。
出る時、道路が濡れていたから、なんらかの液体が降ったのでしょう。
でも雪らしいものは、なかった。
↑自由軒
寒い?そんなことはない。
一昨日、ダウンを着て汗をかいたので、昨日は作務衣と半纏だった。
それでも寒さは感じない。
いま、直観や体調が絶好調になって来ているからかも。
四条大橋を渡る時には、綺麗な青空になってきた。
日の光があるから小春日和。
関東とは大きな違い。
もっとも本日は、京都市内も3度ぐらいになるらしい。
明日は、厚めのダウンが着れるかも。
大阪で用事をすませ、すごく遅めのランチとなる。
梅田で父親用の赤福を買い、難波方面に行く。
目的は、自由軒。
久しく行ってないから行ってみたかった。
↑串カツ
ただ、ここ数日カレーが続いているので、名物ハイシライスにする。
自由軒の名物カラーやハイシは、最初からルーとライスが混ぜてあるのが特徴。
白いライスが残らないようにということ。
標準で全卵の生卵がのっている。
これって今となっては好き嫌いが分かれるだろう。
特に外国人観光客には嫌がられるかも。
↑ウスターソースをかけ、食べる。
食べ方は、全卵の白身部分にウスターソースをかけ、すこしずつ全体に混ぜて食べる。自由軒なら食べる前、スプーンを水で洗っても違和感がない。
なぜなんだろう?
↑名物ハイシライス
昨日は、大を注文しないのがちょっと悲しい。
昔は、絶対に大だったのに。
串カツ・・・昔は、5本だったかも。
↑私は白身のところにウスターソースを投入
そうそう昔は、チャンポン麺とか中華のメニューもありました。
「チャンポン麺2500カロリー」と書いてあった。
それを見て、「チャンポン麺を食べたら今日の食事は終わりでいいんだ」と思ったものです。でも昔から麺類はあまり食べなかった。
昔なら「名物カレー大、串カツ5本、タンシチュー」というのが私の標準の食事だった。もちろん、当時は一日一食しか食べなかった。邪魔くさいじゃないですか3食も食べるのは。
↑フォンテーヌ(foncer)フランス語 洋菓子用語・・・泉状の部分を少しづつ崩し、全体に味を馴染ませ食べる。この際、汚くならないように。
ケンタッキーなら「フライドチキン10ピース、ポテト1箱(昔は箱があった)、コールスリーサラダ(大1)、オレンジジュース1リットル」だった。
蓬莢の豚まんも8個入りと焼売5個を一気に食べていた。
まあ、運動量も多かった時代だったしね。
1日3時間も運動をしていた。
あの時代は、体力養成の期間だったのかな?
いまでは、考えられない食生活。
↑蓬莢本店
色々なことを考えながら、名物ハイシを食べていた。
出る時、昔のおねえさんに「お久しブリです」と言われた。
この間、大学時代の友と話していた自由軒。
昨年、旅行で来たらしいけど、自由軒は行けなかったので悔しがっていた。
だからおねえさんの写真を撮らせてもらいラインで送ってやった。
懐かしがっていた。
次回、関西に来たら連れて来てやろうっと。
↑本店にしかない「あんまん」「叉焼まん」これを父親のお土産にした。もちろん父親は狂気したのはいうまでもない。私が小学校の時、父親が大阪に出張に行った時、蓬莢の豚まんを買ってきてくれた。あれが楽しみだった思い出がある。その時のお返しなのかなぁ・・・。面白い。
その後、蓬莢本店に行く。
父親用に本店でないとない「あんまん」と「叉焼(チャーシュー)まん」を買った。
亡くなった母親も好きだった「叉焼まん」、仏壇に供えたら狂気するかも。(笑)
買ってから、京都へ急ぎ帰った。
京都に着いてからタクシーで実家へ。
きっと父親は、嬉しかったと思います。
↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事と新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
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Twitter→@kyo_otoko