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色と艶 [食]

時々、本日のようなモノが食べたくなる。
京女とでかける。
「観じたら動く」それが私の流儀。

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↑萱島民生「イカ天ぷら」これは外せません。

バスと電車を乗り継ぎ食べに行く。
もちろん電話をして営業されているか確認した。
いまのご時世どうなっているか分かりませんからね。

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↑あげワンタン、これも食べたくなるメニュー

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最近、二人だと食べられる量が限られる。
本日の写真の量は、二十歳代なら一人前だと思う。
注文する時、「小」という注文なんです。
食べなくなりました。

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↑豚アバラ甘酢、これは前回なかったメニュー。骨付きのアバラは美味しい。

肉系のメニューは、私が食べたかったもの。
レバニラ炒めは、レバーを私が食べ、ニラを京女が食べる。
ここのレバニラを食べたかった。
半生状態は上々!こうでなくてはね。
つまらん食中毒の事件の影響で火をよく通さないといけなくなったのは、残念なこと。ユッケだってあまり食べられなくなった。
生のレバーなんかも食べられなくなった。

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↑レバニラいため

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次の写真は、カレーライス。
ずっとこのお店で食べたかった。
いつも食べる余裕がないので、今回は食べるために他のメニューを減らした。
中国でカレーライスを作るとしたらこんな感じになるだろう。
家でこういうカレーを作る時がある。
短時間で作れるのがいい。
カレーってよく煮込まないと美味しくないのですが、こんな簡単にそこそこの味になるのはショックです。これは、きっとこのお店の賄いだろう。

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↑カレーライス

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デザートは、ポテトやゴマ団子にしたいけど、杏仁豆腐になってしまった。
しかもランチサイズ。
でも美味しく食べきるだめに仕方ない。
二人で行く限界です。
料理の色と艶がなんとも美味しそうでしょ。

↑杏仁豆腐

満足満足のランチでした。

和菓子

和菓子

  • 作者: 中村肇
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2018/01/22
  • メディア: 単行本


↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
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石製ベンチ [社寺]

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↑東寺

新緑の写真は、まだまだ続きます。
でもちょっと中断し、昨日の東寺風景を出してみます。

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昨日は、珍しく雨だった。
私が外出するのに雨は珍しい。
バス亭まで行くと止んできた。
バスに乗り東寺南門で降りる。
これもいつもと違う手順。
銀行に行きたかった。そろそろ末ですからね。

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銀行作業が終わり、時間がまだあったので東寺境内を歩く。
雨降りの後だから空気が美味しい。
ヴォイトレ前なので、ウンと深呼吸しておく。
ウッスラハミングしながら歩く。
すれ違ったら気持ち悪いだろうな・・・スマホもなくハミングしているジジイって。

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蓮の若葉が出て来ている。
美味しそう・・・となんだか思った。
ジュンサイをイメージしたのかも。
小さいながら雨を弾いていた。

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こんな日、泥ガメたちはどうしているんだろう?

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東寺境内に行ったついでに石のベンチの写真を撮りに行った。
先日撮った時、文字がよく映っていなかった。
あの日は天気が良すぎたから文字が飛んでしまっていたのです。
いつの時代に作られたのか興味があった。

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表面に文字が刻印されているのです。
「文政十年 丁亥 夏 
 釜座」
とあります。
文政十年ということは1827年ということ。
こんなベンチでも194年前に作られた。
釜座(かまんざ)って釜座(通)つまり地名?それとも梵鐘,釜,鍋などの鋳造業者の組合のことだろうか?京都三条近辺にあったそうです。

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「世話人 後藤伊兵衛」
この人が代表なんでしょうね。釜座組合が梵鐘とかの仕事をしていて、その関係で東寺に寄贈されたのでしょうね。

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こんななんでもない石のベンチですが194年も色んな人を座らせ続けたのでしょうね。ひょっとして先祖の誰かが座ったかも。
その先祖と私と隔てているのは時間だけ。
もちろん、子孫がこのベンチに座るかもしれない。
考えたら不思議ですよね。

和菓子

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  • 作者: 中村肇
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
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天邪鬼 [社寺]

社寺に行くと面白い形が目に飛び込んでくる。
行った時によって気になる形が違う。
しっかり調べるときっと面白いだろうな。

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↑西本願寺旧仏飯所、仏飯の炊事を行っていた場所

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向こうに見える建物は、西本願寺伝道院。
イスラムの玉葱ドームのような建物。
あの建物、近寄って撮影したいけど、あのあたりの電線がすごくてなかなかスッキリ撮れません。

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↑西本願寺伝道院

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↑天水受け

私は、天水受けを支える二頭身大の愛嬌ある石像が好きです。
東寺で言ったら贔屓かな?
西本願寺のは、天邪鬼(あまのじゃく)です。

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仏教では人間の煩悩を表す象徴として、四天王や執金剛神に踏みつけられている悪鬼、また四天王の一である毘沙門天像の鎧の腹部にある鬼面とも称されるが、これは鬼面の鬼が中国の河伯(かはく)という水鬼に由来するものであり、同じく中国の水鬼である海若(かいじゃく)が「あまのじゃく」と訓読されるので、日本古来の天邪鬼と習合され、足下の鬼類をも指して言うようになった。

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日本古来の天邪鬼は、記紀にある天稚彦(アメノワカヒコ)や女神天探女(アメノサグメ)に由来する。天稚彦は葦原中国を平定するために天照大神によって遣わされたが、務めを忘れて大国主神の娘を妻として8年も経って戻らなかった。そこで次に雉名鳴女を使者として天稚彦の下へ遣わすが、天稚彦は仕えていた天探女から告げられて雉名鳴女を矢で射殺する。しかし、その矢が天から射返され、天稚彦自身も死んでしまう。

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天探女はその名が表すように、天の動きや未来、人の心などを探ることができるシャーマン的な存在とされており、この説話が後に、人の心を読み取って反対に悪戯をしかける小鬼へと変化していった。本来、天探女は悪者ではなかったが天稚彦に告げ口をしたということから、天の邪魔をする鬼、つまり天邪鬼となったと言われる。また、「天稚彦」は「天若彦」や「天若日子」とも書かれるため、仏教また中国由来の「海若」と習合されるようになったものと考えられている。

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「人の心を見計らって悪戯をしかける子鬼」とされることから転じて、現代では「他者(多数派)の思想・言動に逆らうような言動をする"ひねくれ者"、"つむじ曲がり"」を指して、「あまのじゃく(な人)」と称されるようになった。
京男は小さい時から天邪鬼的だったかも。

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新緑の水吹き銀杏 [社寺]

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↑御影堂

西本願寺境内の続き。
西本願寺には、大銀杏がある。

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この大銀杏は、1636年に植えられたそうです。
樹齢が385歳!
若く見える?
色んな事件を目撃したんだろうな。

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名前が「逆さ銀杏」らしい。低い位置から枝が横に伸びていて、
根っこを天に広げたような形から「逆さ銀杏」と呼ばれています。
そやけど「逆さ銀杏」って、なんか「逆さクラゲ」みたいで、ちょっと悲しい名前やね。

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また1788年の天明の大火や1864年の大火の時には、木から水を吹き出して、
大火の前に立ちはだかった事から、「水吹き銀杏」とも呼ばれます。
もっとも実際に水吹き状態を目撃した訳でないのでようわかりません。

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前回紹介した大銀杏には、特別な名前はないようです。
2017年10月23日の台風21号の影響を受けました。
この大銀杏だけでなく、京都市内の社寺の桜も影響を受け、いまだにダメージが残っております。

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なにやってんだ桜、私ら銀杏は385歳やけど、まだまだ現役やで!見習え!と言っておりました。

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西本願寺太鼓楼 [社寺]

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↑西本願寺「太鼓楼」

ここは、新撰組の屯所があった所です。慶応元年(1865)3月10日、壬生の屯所を引き払い、西本願寺に屯所を移転したのです。その前年、元治元年6月には、新選組が京都河原町三条の旅館池田屋を急襲した「池田屋事件」が発生しています。
移転については、西本願寺に無理なんだいを言ったらしい。
京都市内では、新撰組っていまだに評判が悪いのです。大河ドラマでやってもやっぱり京都人には好かれていない。時代祭だって新撰組はいれてもらえませんからね。
京都市民には、随分迷惑をかけたのかも。曾おじいさんの代に借金を新撰組に踏み倒されたとか・・・・。店が無茶苦茶にされたとか・・・・。
この太鼓楼の後、リーガロイヤルホテル京都に屯所を移転。その時の費用を西本願寺に出させたそうです。

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この日、本当はここに来る予定でなかった。
いつも行く業者さんの営業時間が午前10時からになっていた。
午前9時に行き、早々に作業をし、タクシーで戻り、作業を続ける予定だった。
ところが新型コロナの影響で10時からとなっていた。
これには参った。
なんでだろう?新型コロナでどうもよくわからないことが起こっている。人があまり働かなくなった?どういう業界でもそうなのかも。

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そんなこともあり、西本願寺まで時間調整で行った。
ひさしぶりだった。
大銀杏の新緑も見たかった。

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西本願寺の大銀杏、数年前の台風でボロボロになった。
本日の銀杏は、小さい方の銀杏です。
「水吹き銀杏」、「逆さ銀杏」は、次回に登場します。

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この銀杏の黄葉が楽しみだったのです。
台風直後の状態はショックでした。
西本願寺の広い境内は、台風になると強風がもろに巨木に当たる、樹齢約400年の老木には厳しい手練だった。大きい枝がカッとされて、痛々しい状態でした。
まだ傷跡はあるけど、ちょっと落ち着いてきた感じがします。
よかった。

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