あぶり餅・・・昔ながらの包装 [甘味その他]
本日は、あぶり餅の持ち帰り用の包みです。
持ち帰りをお願いするとこのような包みになる。
本日のものは「かざりや」の持ち帰りです。
「一和」も同じような包みになります。
現実的には、石油製品の手提げ袋にいれてわかしてくれます。
昔は、みなこんな感じだった。
紅白の紙のヒモがすごく懐かしい。大丸とかの包装で使っていたのです。この紅白と緑白でした。
だから各家庭はこうやってヒモとか包装紙を丁寧に保存していた。
当然、紙袋なんてものはなかった。
それでもやっていけた。
この竹皮も懐かしい。ヒモも竹皮。
これなら石油なんて全然関係ない。
肉屋、かしわ屋で使っていた。竹皮は、防腐作用があるのです。魚屋はどうだったかな?
お弁当でおにぎりは、竹皮が普通だった。
いまのプラ製品の使い捨ては、そろそろ止めた方がいいかも。
最後の包みはプラフイルムを使っている。
これは仕方ないかも。
でもね。あぶり餅を持って帰って帰り、温めて食べても美味しくないかも。
「あなむら 名物 くしだんご」これは滋賀県草津にある団子の包装。良い味だしているでしょ。いまでも予約でつくっているらしい・・・。
私が小さい時、食べていた団子は、この形状で白味噌ダレだった。
あったらいいだろうな・・・。
昔ながらの包装、立派な文化遺産ですよね。
末永く続けて欲しい。
↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事と新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)
Twitter→@kyo_otoko
持ち帰りをお願いするとこのような包みになる。
本日のものは「かざりや」の持ち帰りです。
「一和」も同じような包みになります。
現実的には、石油製品の手提げ袋にいれてわかしてくれます。
昔は、みなこんな感じだった。
紅白の紙のヒモがすごく懐かしい。大丸とかの包装で使っていたのです。この紅白と緑白でした。
だから各家庭はこうやってヒモとか包装紙を丁寧に保存していた。
当然、紙袋なんてものはなかった。
それでもやっていけた。
この竹皮も懐かしい。ヒモも竹皮。
これなら石油なんて全然関係ない。
肉屋、かしわ屋で使っていた。竹皮は、防腐作用があるのです。魚屋はどうだったかな?
お弁当でおにぎりは、竹皮が普通だった。
いまのプラ製品の使い捨ては、そろそろ止めた方がいいかも。
最後の包みはプラフイルムを使っている。
これは仕方ないかも。
でもね。あぶり餅を持って帰って帰り、温めて食べても美味しくないかも。
「あなむら 名物 くしだんご」これは滋賀県草津にある団子の包装。良い味だしているでしょ。いまでも予約でつくっているらしい・・・。
私が小さい時、食べていた団子は、この形状で白味噌ダレだった。
あったらいいだろうな・・・。
昔ながらの包装、立派な文化遺産ですよね。
末永く続けて欲しい。
↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事と新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
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あぶり餅・・・かざりや [甘味その他]
さて本日は「かざりや」の方です。
現実的に、お店の写真は各お店で「あぶり餅」を食べた写真は食べながら向こう側を撮影したので、写真は入れ替えたのです。
今回は、両方ともお店に座敷ではなかった。
外光の方が美味しそうに撮れるしね。
両方ともそれらしい店構えが実にいい。
この「かざりや」のお店は屋根の所のお飾りが「鍾馗さん」でなく「おたふくさん」なのがいい。
↑「おたふく」の屋根飾り
お餅を焼いているおばちゃんとお話ししていて、屋根のお飾りが「おたふくさんがいいですね」というと喜ばれた。
↑奥から上を見るとありました
鍾馗さんの話は、次のようなものがある。
文化文政期(1804〜30年)の文献の中で、つぎのような話がある。
三条の薬屋が屋根に大きな鬼瓦を取り付けたところ、向かいの家の女房がそれを見て寝込んでしまった。取り外してくれと頼んだが断られ、対抗策として、鬼に勝つ鍾馗さんを瓦屋に作らせて屋根に乗せたところ、女房の病気が全快した。
これが庶民の間で広まっていったそうだ。
もうひとつは、京の街にはお寺が多い。お寺はその霊力や魔除けの鬼瓦で悪鬼などを跳ね返してしまうので、はね返された鬼が一般の家に入って来てしまう。そこで、コワモテの鍾馗さんを屋根に乗せ、鬼から守っていただこうと、京の街では家の屋根に乗せるのが流行っていったのだそうです。
「かざりや」の方は、鬼に対し鍾馗さんという武で対抗したのに、それと違って平和というか「和」的な「おたふく」さんの和の力で包み込むという方法で対応している。
お向かいの「一和」と比べ「かざりや」の方が一枚上手なのかも。
そういう風に思えるのですよ。(笑)
そういうとおばちゃんは、置くの屋根にもあると教えてくださった。
言ってみるものですね。
この「おたふく」の屋根飾りって珍しいですよ。
あぶり餅の話しでもう一つ。あぶり餅で使われる竹串は今宮神社に奉納された斎串(いぐし)であり、今宮神社で毎年4月の第2日曜に行われるやすらい祭の鬼の持つ花傘の下に入ると御利益があるのをたとえとし、食べることで病気・厄除けの御利益があるとされ、親しまれている。
そんなご利益もあるようですよ。
明日は、お土産の包みについてです。
↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事と新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)
Twitter→@kyo_otoko
現実的に、お店の写真は各お店で「あぶり餅」を食べた写真は食べながら向こう側を撮影したので、写真は入れ替えたのです。
今回は、両方ともお店に座敷ではなかった。
外光の方が美味しそうに撮れるしね。
両方ともそれらしい店構えが実にいい。
この「かざりや」のお店は屋根の所のお飾りが「鍾馗さん」でなく「おたふくさん」なのがいい。
↑「おたふく」の屋根飾り
お餅を焼いているおばちゃんとお話ししていて、屋根のお飾りが「おたふくさんがいいですね」というと喜ばれた。
↑奥から上を見るとありました
鍾馗さんの話は、次のようなものがある。
文化文政期(1804〜30年)の文献の中で、つぎのような話がある。
三条の薬屋が屋根に大きな鬼瓦を取り付けたところ、向かいの家の女房がそれを見て寝込んでしまった。取り外してくれと頼んだが断られ、対抗策として、鬼に勝つ鍾馗さんを瓦屋に作らせて屋根に乗せたところ、女房の病気が全快した。
これが庶民の間で広まっていったそうだ。
もうひとつは、京の街にはお寺が多い。お寺はその霊力や魔除けの鬼瓦で悪鬼などを跳ね返してしまうので、はね返された鬼が一般の家に入って来てしまう。そこで、コワモテの鍾馗さんを屋根に乗せ、鬼から守っていただこうと、京の街では家の屋根に乗せるのが流行っていったのだそうです。
「かざりや」の方は、鬼に対し鍾馗さんという武で対抗したのに、それと違って平和というか「和」的な「おたふく」さんの和の力で包み込むという方法で対応している。
お向かいの「一和」と比べ「かざりや」の方が一枚上手なのかも。
そういう風に思えるのですよ。(笑)
そういうとおばちゃんは、置くの屋根にもあると教えてくださった。
言ってみるものですね。
この「おたふく」の屋根飾りって珍しいですよ。
あぶり餅の話しでもう一つ。あぶり餅で使われる竹串は今宮神社に奉納された斎串(いぐし)であり、今宮神社で毎年4月の第2日曜に行われるやすらい祭の鬼の持つ花傘の下に入ると御利益があるのをたとえとし、食べることで病気・厄除けの御利益があるとされ、親しまれている。
そんなご利益もあるようですよ。
明日は、お土産の包みについてです。
↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事と新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)
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あぶり餅・・・一和 [甘味その他]
今宮神社といえば・・・あぶり餅ですね。
最近は、修学旅行生が食べに来ていたり、行列ができていたりします。
まあ、普通の日にいけば、それほど行列は出来ていないけど、土日祝日は多いかも。
お店が向かい同士で2軒あります。
「一和」と「かざりや」の2軒です。
出てくる「あぶり餅」は同じようなものです。
↑鍾馗さんが鎮座されている
今回、日が違うのですが両方行ってみました。
この「あぶり餅」、平安時代ぐらいからあるそうなんです。なら日本最古の甘味処ということになるのかも。
本日の「一和」には、昔からある井戸があったりします。行った時にみせてもらったらいいかも。
2軒あるお店でどうやってお店を決めているのだろう?
車で行くと無料駐車場があるのです。お店の名前が書いてある所にとめると、そちらの店になることが多いかも。
車でいくとどうしてもそうなる。ゆっくり「あぶり餅」を食べて、満足して神社に行かないで帰る人も多いようです。
↑右の札?が伝票らしい
「一和」と「かざりや」で味はどうか?
今回、比べてみました。
この「あぶり餅」は、指ぐらいの大きさの餅を竹串に刺し、きな粉をまぶし、炭火で焼き、白味噌でつくったタレをつけ、できあがり。シンプルなものなんです。
違いは白味噌かな?
「一和」が本田味噌本店。
「かざりや」が石野味噌らしいです。
今回食べ比べをして、私は「かざりや」の方が好きかも。
それから味とは関係ないけど、屋根の鍾馗さんかおたふくさんかの差がある。
このことについては、明日の記事にします。
↑小さい時の団子はこんな風にして売っていました。これは醤油味だったけど、味は、白味噌味でした。京都人は白味噌が好きなんですよ。
私が小さい時、熊野神社の屋台ができる日があった。その時、みたらし団子の屋台があった。その団子がこのような形状でした。形状がこれで味があぶり餅の白味噌味だった。子供のことですから1本2本とかっていた、それを竹をちぎり取って渡してくれていた。それが忘れられない。「あぶり餅」を食べて、「同じや」と思ったものです。
本日の「一和」の歴史は、1000年!らしい。
明日の「かざりや」の方は、たった400年らしい。
すごくないですか。
明日は「かざりや」を紹介。
↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事と新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)
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最近は、修学旅行生が食べに来ていたり、行列ができていたりします。
まあ、普通の日にいけば、それほど行列は出来ていないけど、土日祝日は多いかも。
お店が向かい同士で2軒あります。
「一和」と「かざりや」の2軒です。
出てくる「あぶり餅」は同じようなものです。
↑鍾馗さんが鎮座されている
今回、日が違うのですが両方行ってみました。
この「あぶり餅」、平安時代ぐらいからあるそうなんです。なら日本最古の甘味処ということになるのかも。
本日の「一和」には、昔からある井戸があったりします。行った時にみせてもらったらいいかも。
2軒あるお店でどうやってお店を決めているのだろう?
車で行くと無料駐車場があるのです。お店の名前が書いてある所にとめると、そちらの店になることが多いかも。
車でいくとどうしてもそうなる。ゆっくり「あぶり餅」を食べて、満足して神社に行かないで帰る人も多いようです。
↑右の札?が伝票らしい
「一和」と「かざりや」で味はどうか?
今回、比べてみました。
この「あぶり餅」は、指ぐらいの大きさの餅を竹串に刺し、きな粉をまぶし、炭火で焼き、白味噌でつくったタレをつけ、できあがり。シンプルなものなんです。
違いは白味噌かな?
「一和」が本田味噌本店。
「かざりや」が石野味噌らしいです。
今回食べ比べをして、私は「かざりや」の方が好きかも。
それから味とは関係ないけど、屋根の鍾馗さんかおたふくさんかの差がある。
このことについては、明日の記事にします。
↑小さい時の団子はこんな風にして売っていました。これは醤油味だったけど、味は、白味噌味でした。京都人は白味噌が好きなんですよ。
私が小さい時、熊野神社の屋台ができる日があった。その時、みたらし団子の屋台があった。その団子がこのような形状でした。形状がこれで味があぶり餅の白味噌味だった。子供のことですから1本2本とかっていた、それを竹をちぎり取って渡してくれていた。それが忘れられない。「あぶり餅」を食べて、「同じや」と思ったものです。
本日の「一和」の歴史は、1000年!らしい。
明日の「かざりや」の方は、たった400年らしい。
すごくないですか。
明日は「かざりや」を紹介。
↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事と新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)
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三日間限定「どら焼」 [甘味その他]
これは大丸の地下でデザートを食べた時のもの。
京女は、白玉あんみつを注文した。
同じようなメニューを注文するのも芸がないので違うメニューを注文。
それが「どら焼セット」。
↑IORI 京都大丸店(イオリ)「白玉あんみつ(黒蜜)」
このどら焼は、ごらんになるとわかるのですが、ドラえもんの好きな「どら焼き」とは形が違う。
私はドラえもんというアニメはあまり好きでない。したがってどら焼きもあまり食べない。生地が好きないのかな?甘い生地に甘過ぎる餡がきれいなのか?
今回は、限定の「どら焼セット」を食べてみた。
このどら焼の存在は、ずっと前から知っていた。
東寺の弘法さんの縁日限定のお菓子なんです。
↑どら焼セット
説明/江戸時代末期、京都東寺のお坊さんから依頼を受け
銅鑼(どら)の上で焼いたのがはじまり。
秘伝の薄皮で棒状に伸ばしたこしあんを巻き
竹の皮で包んでいます。
毎月、20日・21日・22日の三日間限定販売
※21日が弘法大師の縁日
抹茶とどら焼のセットメニュー。
このどら焼と抹茶はあわないような・・・。
ほうじ茶の方がいいんだけどな。
外で抹茶を飲むのは勇気いるのですよ。
大抵不味いしね。
抹茶ってランクの差がキツいしね。水も注意を払ってなかったりするし・・・。
あと二段階ぐらいランクをあげて欲しいものです。
さて、どら焼です。
味は、普通のどら焼きより上品でいいと思った。
竹の皮で包んであるのも好感が持てる。
でも買って家で食べるかどうかは、微妙かな。
そういえば最近、上生菓子の登場が少ないな。
長年、写真を撮っていると同じ生菓子ばかりになるのです。
しかも、昔と違って職人さんの腕が悪くなっているかも。
写真を撮りたいと思わないのです。
↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事と新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
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京女は、白玉あんみつを注文した。
同じようなメニューを注文するのも芸がないので違うメニューを注文。
それが「どら焼セット」。
↑IORI 京都大丸店(イオリ)「白玉あんみつ(黒蜜)」
このどら焼は、ごらんになるとわかるのですが、ドラえもんの好きな「どら焼き」とは形が違う。
私はドラえもんというアニメはあまり好きでない。したがってどら焼きもあまり食べない。生地が好きないのかな?甘い生地に甘過ぎる餡がきれいなのか?
今回は、限定の「どら焼セット」を食べてみた。
このどら焼の存在は、ずっと前から知っていた。
東寺の弘法さんの縁日限定のお菓子なんです。
↑どら焼セット
説明/江戸時代末期、京都東寺のお坊さんから依頼を受け
銅鑼(どら)の上で焼いたのがはじまり。
秘伝の薄皮で棒状に伸ばしたこしあんを巻き
竹の皮で包んでいます。
毎月、20日・21日・22日の三日間限定販売
※21日が弘法大師の縁日
抹茶とどら焼のセットメニュー。
このどら焼と抹茶はあわないような・・・。
ほうじ茶の方がいいんだけどな。
外で抹茶を飲むのは勇気いるのですよ。
大抵不味いしね。
抹茶ってランクの差がキツいしね。水も注意を払ってなかったりするし・・・。
あと二段階ぐらいランクをあげて欲しいものです。
さて、どら焼です。
味は、普通のどら焼きより上品でいいと思った。
竹の皮で包んであるのも好感が持てる。
でも買って家で食べるかどうかは、微妙かな。
そういえば最近、上生菓子の登場が少ないな。
長年、写真を撮っていると同じ生菓子ばかりになるのです。
しかも、昔と違って職人さんの腕が悪くなっているかも。
写真を撮りたいと思わないのです。
↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事と新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
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うずまきが気になる [甘味その他]
↑麻布かりんと「渦巻きかりんと」
先日、デパ地下で見かけ買ったのが「渦巻きかりんと」。
形状と味が懐かしい。
なぜか渦巻きに反応する。
エネルギーを感じるからかな?
これは、関東の会社みたいですね。
小さい時、こんなの食べたのかな?
駄菓子屋にあった?
私は、駄菓子屋でものを買って食べては行けないと母親にいわれて育った。もちろん紙芝居屋も禁止でした。ピン菓子の実演も興味あったけど、禁止だった。
こんなを書くといいとこの子みたいだけど、そんなことはないです。
母親は、和菓子屋の娘なので、甘いものを食べさされ育った。実家では、一人羊羹なら一本食べていた。祖父は、御飯に砂糖をかけて食べていた・・・。だから嫌いだったようです。
↑「かれいんと」みょうに懐かしい味がする。小さい時は食べたおぼえはないけど・・・。
私が小さい時に家にあったお菓子は下記のようなものです。
京都でいうと「蕎麦ぼうろ」
蕎麦でつくった「松葉」
泉屋のクッキー
西村の「衛生ボーロ」
こんなものだったかも。後は「お嫁さんのおまん」や「手作りおはぎ」。
「お嫁さんのおまん」地方によってはビックリされる名称かも。
結婚して、挨拶回りに新婦さんが持参する上用饅頭。上用なのは子餅状態の上用。私は小さい時、甘い物が好きでなかったので食べられなかった。大きなおはぎも恐怖でした。手作りおはぎは、子供の握り拳ぐらいの大きさ。御飯が苦手は子供にとって恐怖だった。鯖寿司なんかもそうだ。鯖寿司の鯖の皮の柄が苦手。大人になって食べられるようになったけど、胸が焼ける。
また「蕎麦ぼうろ」や「泉屋のクッキー」は、法事の引き出物でいつもありました。泉屋のクッキーでアンゼリカが乗っているのが苦手だった。
高校ぐらいになり、輸入のバタークッキーを食べるようになった時、クッキーの美味しいのに驚いた。
そういえば最近、クッキーやビスケットを食べていないなぁ・・・。
昔は、嫌いだった州浜を食べるようになった。昔たべた団子の形をした州浜は、苦手でした。
↑スパイシーマサラ「ハンバーグカレー」
いまの子供は、フライドポテトを食べているけど、私の小さい時はなかった。あれは、マクドナルドが日本に上陸してからのもの。最近、マクドナルドは行ったことがない。あの独特の油の匂いが嫌いなんです。身体に悪そうだし・・・。
子供が小さい時は、家でようフレンチフライをつくっていましたね。
ピザも食べなくなった。日本にピザが入ってきた頃は食べていたけど。でも満腹感がないから、食べなくなったかも。お好み焼の方が良かったかも。
↑こういうのが嬉しい。最近の若者はラッキョウなんて食べないのかな?
そういえばパスタを外食的に食べてないかも。
パスタは家でつくるものなんです。
焼きうどんのようなものにお金を払いたくないのかも。
本日は、訳のわからない内容でしたね。
↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事と新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)
Twitter→@kyo_otoko