新熊野神社 [社寺・和菓子]
ここは、新熊野神社、熊野信仰の盛んな平安時代末期、永暦元年(1160年)、後白河法皇によって創建された神社です。後白河天皇は1155年に即位され、1158年に退位されましたが、退位後も引き続き院政を敷かれ、そのときのお住まいとなったのが、現在三十三間堂の東側にある法住寺です。当時は「法住寺殿」と呼ばれ、その鎮守社として新熊野神社が、鎮守寺として三十三間堂が創建されました。その造営に当たったのが法皇の命を受けた平清盛・重盛父子です。
NHKの大河ドラマの世界ですね。
京男がウロウロしているのは、後白河法皇の縄張りをうろうろしていることになる。
建物は変化しただろうけど、入り口にある「大樟」は、樹齢が900年らしいのです。つまりこの神社が創建当初からずっとあったことになる。
歴史を見てきたんでしょうね。900年ならいろいろな事件がありました。
特に平家の隆盛を見てきた。神社ももっと大きな敷地だったでしょう。
新熊野神社の本殿左右に椥(なぎ)の木があります。
椥の木は京都の神社には多く植えられているそうです。
いまは、小さな実がついていました。
この椥の葉は、縦方向に繊維がたくさん走っていて裂けにくいそうです。
このことから「縁が裂けない」→「縁結び」ということになります。
なるほど。
次回の行事は「夏越の祓」になりますね。
↑音羽屋「水無月」黒糖外郎、小豆
6月の京都の和菓子といえば「水無月」です。
これ他府県では、あまり売っていない。
京都人が他府県に住むとないのでビックリするらしい。
↑音羽屋「水無月」外郎、小豆
↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをします。詳しい説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)
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